先日車2台に分乗し友人8人と宮城県内の東日本大震災の被害地を巡ってきまし
た。
2年前にも被害地巡りをしましたが、今回は宮城県内のみにしました、2年間に
我々も体力も衰えてきたので運転時間を短縮することにしたものです。(走行距離
は前回は約900km、今回は約700km)
三陸道はいたるところでかさ上げ工事が継続し、相変わらずダンプカーがひっきり
なしに走っていて5年経っても土木事業は活況が続いています。
前回と同じ石巻市内の仮設住宅を訪問、同じメンバーと懇談しました。前回は被災
から3年半が経過し、仮設住宅の生活も多少落ち着いた様子が感じられましたが、今
回は更に明るい表情を見せていました。その理由は、メンバーの殆どが、仮設から引
っ越ししたり、現在新築中あるいは準備中の人で、新しい生活に向かって進んでいる
様子が感じられたからと思います。
また、市内では高層の復興住宅も完成し、JR女川駅周辺では、土地のかさ上げが完
了し、駅舎の新築、周辺には商業施設や公共施設が開業に向け準備を進めていまし
た。
巨額の復興費が計上されたことから、堤防工事、土地のかさ上げ、山を削っての住
宅整備等の復旧工事がどんどん進んでいることに驚きましたが、本当にこれが正しい
対応策なのかな?と疑問も覚えました。
その後、大川小学校跡にも訪れましたが、相変わらず当時のありさまがそのまま残り
一種独特の雰囲気がいまだに感じました。この建物の存続について地元では議論さ
れているようですが、この出来事を風化させないことが大事だと思っています。
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